母に会いにいく〜正しい選択?〜

施設のベッドで、母は緊張していた

母に会いに行ってきた。

母がいる施設は真っ白で、とっても清潔で、少しひんやりしている。

母はリビングにいることもあるし、ベッドに寝かされていることもある。
今日の母はベッドに寝かされていたけど、目をパッチリ開けていた。
「お母さん、おはよー、のりこだよ〜」
最初は、誰?って顔していた母も、私が名乗ると嬉しそうな顔をしてくれる。

おやつを食べ終わって、一緒にニャンコ動画を見ていると、介護ヘルパーさんが排泄介助に来た。
「お母さん、きれいにしよう、ね」と声をかけてニャンコ動画を一時停止する。

母の体が少し緊張している。ベッドの背もたれを倒しても、ベッドに体を預けてくれない。
「大丈夫だよー、きれいにさせてね」と目を見ると、うなづいてはくれるんだけど、やっぱりまだ身体が少し硬い。

介護ヘルパーさんは、黙々と排泄介助に入る。

私は母に声かけを続ける。
「お母さん、あっち向こうか。大丈夫だよ、のりこが支えとくからね」
向いて欲しい方向を指さして見せながら、母の体を右に向ける。
「頑張ってくれて、ありがとうね」
「うん、もう少し頑張ってね。きれいにさせてね」
「今度はこっちに向こうか、うん、ありがとうね」
母の身体を抱きしめて支える。

介護ヘルパーさんの排泄介助は、静かに、黙々と続く。
それが業務だから。

自宅介護で、私が守り続けた「声かけ」

自宅介護をしていた時、私も母の排泄介助をしていた。

もともとこういうことが大の苦手な私は、最初に看護師さんのお手伝いを始めた頃は、
「あうっ」なんて声を出し、「大丈夫ですか?」と心配されたりしたものだ。

それでも人間成せばなるというか、やれば慣れるというか、一通りのことを一人でこなせるまでにはなった。

看護師さんやヘルパーさんのお手伝いをして、YouTubeの動画で復習し、介護と名のつくサイトを徘徊し、
自治体主催の介護セミナーで排泄介助を勉強したのだ。

と言ったって、介護のど素人が、YouTube動画と短い介護セミナーを受講したくらいで、
「あーら不思議、排泄介助がプロ並みに」なんてことにはならない。
排泄介助には、たくさんの配慮とコツが必要だし、大人は重たいからいろいろ重労働でもあるのだ。

排泄介助が下手っぴで手間も時間がかかっちゃう私が、一つだけ守っていたのが声かけだ。
自治体の介護セミナーで教えてもらった。

「例えば着替えでも、認知症の人だと、他人がどうして自分の服を脱がそうとしているのか分からないことがあって、
 皆さんもどうですか?いきなり服を脱がされそうになったら、すごく怖いですよね。抵抗するでしょ」
だから何かをする前には、ちゃんと声をかけて、安心させることが大切だ、と。

——うん、なるほど。確かに、声かけがないと怖いよね。
排泄介助となると、なおさら本人の尊厳に関わるデリケートな領域だ。せめて怖い想いをさせたくなかった。

それから私は必ず細かく声をかけて、母の反応を見るようにした。
「お母さーん、きれいにさせて?さっぱりしたいよね」
母がうなづくと
「うん、じゃ、ちょっとパジャマを脱がすよ〜、失礼しまーす」
「じゃ、あっちに向いてくれるかな〜」と向く方向を手で指しながら、声かけ。
「時間かかってごめん、もうちょっと頑張ってね」
「今度は反対側向いてくれるかな?」と向く方向を教えながら声をかける。
「もうちょっとで終わるよー、ごめんね、もう少し頑張ってね」
——次のヘルパーさんの排泄介助の時に、モレたりして迷惑をかけないようにちゃんと羽根を立てて、と
「大丈夫?気持ち悪いところ、ない?」
——ちゃんとここに添わせないと、モレちゃうし、気持ち悪いから……
「もう終わるよ、ありがとうね、ここ苦しくない?」
——締めすぎると起きた時にお腹が苦しくなっちゃうし、ゆるゆるじゃダメだし、ちょ、これ、こうかな……?

褥瘡のチェックもしたりして、ベテランヘルパーさんの倍のくらい時間かかってしまっていたと思う。
排泄介助が終わる頃には、私はもう汗だくだった。きっと母も疲れたことだろう。

——けど、お母さんには、ちゃんとしてあげたかった。

業務として続く、介助の現実

私は母だけを見れば良かったけれど、施設のヘルパーさんは1日に何人もの方を介助する。
時間は限られている。
排泄介助はたくさんの配慮とコツが必要な重労働だ。
なのに、声をかけたから、丁寧だからといって、それがすぐに評価される仕事でもない。
ヘルパーさんもまた、体力と気力の限界の中で、毎日、たくさんの人たちの排泄介助を続けてくれている。

それに施設ではたくさんのヘルパーさんが働いている。いつも同じ人とは限らないだろう。

——でも、これじゃあ、お母さんは不安だろうな。
どうしてもそんな想いが拭えなかった。だって私のお母さんなんだから。

この施設に入れて、本当に良かったのかな

「この施設に入れて、本当に良かったのかな……」

帰り道、バスの窓に映る自分の顔を見ながら、同じ問いが浮かぶ。

自宅では母をきちんと介護できない、そう判断したのは私。
だから施設に入れる、という選択をした。
その判断は間違っていなかった、と今でも思っている。

だけど、母が緊張しているのを目の当たりにすると、気持ちが揺らぐ。


ケアマネさんに相談してみよう。
普段の母の様子を聞いてみたい。それから——いろいろ気になっていたことを伝えてみよう。

翌日、ケアマネさんとの面談予約を入れた。